アリババが展開するスーパー「フーマーフレッシュ」と、ジャックマーが提唱するニューリテールとは〈前編〉

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アリババが展開するスーパー「フーマーフレッシュ」と、ジャックマーが提唱するニューリテールとは〈前編〉

Text : 黄未来 / Editor : 吹原紗矢佳

経済産業省の調査によると、2016年の中国のBtoC EC市場規模は9,276億ドルで世界第1位。前年比40%と驚異的な伸び率であり、774.1億ドルで第4位の日本とは大差がついている。急拡大を続ける中国EC市場には、どのような取り組みがあるのだろうか。

本連載では、中国トレンドマーケターである黄未来氏に、現地在住ならではの考察を交えて、中国の小売事情について寄稿していただく。第1回目のテーマは、アリババが展開するスーパー「フーマーフレッシュ」だ。

Amazonが「AmazonFresh」を開始したように、ECサイトは次の一手として購買頻度の高い生鮮食品に参入し始めている。しかし、AmazonFreshは2017年の日本参入以降、あまり目立ったニュースはなく、存在感を発揮できていない。実際、日本に住む筆者の友人のなかでも、AmazonFreshを使用しているのはごく少数だ。

そんな状況において、中国では急速に拡大しているスーパーマーケット兼宅配ECがある。ECサイト「タオバオ」や決済サービス「ALIPAY(支付宝)」で中国のEC市場を席巻するアリババ(阿里巴巴集団)が提供する「盒馬鮮生(フーマフレッシュ)」だ。

同サービスは2015年に上海に1号店を開店後、急速に店舗を拡大。2019年時点で店舗数は100を超える。今回はそんな「フーマーフレッシュ」のビジネスモデルを解説するとともに、アリババが宅配ECで「一人勝ち」できた背景に迫る。

中国トレンドマーケター 黄未来氏
1989年中国・西安市生まれ。6歳で来日。早稲田大学先進理工学部卒業後、2012年に総合商社に入社。食糧品の貿易事業及び投資管理事業に6年半従事したのち、2018年秋より上海交通大学MBAに2年間留学中。

1. 中国EC界の巨人、アリババが打ち出した新概念「新小売」とは

まず前提として、アリババがスーパーマーケット市場に参入した背景を整理しておこう。

ジャック・マーが創業したアリババは、2003年にECサイト「タオバオ(淘宝網)」とオンライン支払いサービス「アリペイ(支付金)」の提供を開始した。

そこから越境ECサイト『天猫国際(ティーモールグローバル)』、ショッピング検索エンジン『一淘(イータオ)』などのECに特化したサービスを提供。インターネット、そしてスマホの普及とともに、破竹の勢いで成長を遂げた。

現在、アリババがECサービス全体で抱える累計ユーザー数は8億人以上。中国のインターネット利用者は7.5億人と言われていることから、いかにアリババのサービスが消費者に根付いているかがわかるだろう。

タオバオ(淘宝網)」は中国国内で4億6600万人ものユーザー数を誇る

アリババが、フーマーフレッシュを創立したのは2015年3月。それまで飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を遂げてきたアリババが、中国国内ユーザーの伸び率の鈍化が危惧され始めたタイミングである。従来のEC事業の成長だけでは、いずれ「頭打ち感」が出てくる。事業を継続的に成長させるために、既存のECを枠組みを超えた「次の一手」が求められたのだ。

スーパーマーケットへの参入に際し、ジャック・マーは新たな概念として「新小売(ニューリテール)」を提唱。同社が培ってきたビックデータと情報テクノロジーを活用したEC(オンライン)と実店舗(オフライン)を融合を実現することで、これまでにない生鮮ECを実現することへの宣言だった。

2. 生鮮ECに立ちはだかる「3つの壁」

これまで、生鮮食品を扱うことが避けられてきた理由として、以下の3つが挙げられてきた。

1つは、マーケティングの壁である。中国のEC利用自体は高いものの、「生鮮食品をECで買える」という概念は、まだまだ新しい。そのような新概念のサービスを、どうやってユーザーに啓蒙し、認知させた上で、実際にサービスを使ってもらうまで誘導するのか、という導線設計が課題であった。

2つ目は、消費者が「生鮮EC」に対して抱く不安感。毎日口にする生鮮食品の性質上、「自分の目で、鮮度などを確認しながら購入したい」と思うのが、従来の消費者心理というものだ。しかし、オンライン上では、商品の質を判別するのは難しい。「常に、新鮮な食品を扱っている」という信頼感の醸成が、生鮮ECにおける大きな壁となっていた。

3つ目の壁は、冷蔵物流チェーンの確保。これまで既存のECで扱っていた家電や日用品は、腐るという概念がないため、運搬経路において、温度帯物流を樹立する必要性はなかった。しかし、生鮮食品は足が早いため、生産地(生産拠点)から消費者宅までの物流経路において、冷蔵配送網の整備は必須である。冷蔵機能を備えた倉庫設備、および冷蔵配送車を準備しなければならない。

この冷蔵配送のコストを吸収するためには、値上げをするか、高価格帯の高級品のみに品目を絞るしかない。スケーラビリティを考えた際に、生鮮スーパーの性質上、多くの品目を取りそろえた上で、大衆に手が届く価格帯で提供することは必要不可欠である。

 

画像提供:Unsplash

 

中国のEC市場は既に成熟しており、レッドオーシャンと化した業界内で唯一、生鮮領域はまだ手付かずで、大きな市場性があることは、周知の事実であった。しかし、上記の課題により、皆が参入を躊躇していたのである。そこで、アリババが先陣を切って飛び込んだわけだが、どのようにして突破口を見つけていったのか、詳しくみていこう。

3.「ニューリテール」の要諦は、オフラインからオンラインへの導線

① オフライン店舗を「在庫拠点」とし、注文後30分以内での配達を可能に

利用者から見たフーマーフレッシュの最大の魅力は、オフラインの「店舗」から3km以内の地域に30分以内で配送を行う点である。

まず、フーマーフレッシュのオフラインの実店舗に足を運ぶと、普通のスーパーマーケットにはない光景を見ることができる。店舗の天井に敷設されたレールによって、買い物袋が運ばれていくのだ。

フーマーフレッシュでは、ECの在庫拠点がなく、オフラインの店舗そのものがECの物流倉庫機能を兼ねている。よって、ECの専用アプリからオンライン上で注文が入ると、まずスーパーのスタッフが店頭から商品をピックアップし、専用の袋にピッキングを行う。そして、アイテムが揃った袋をベルトコンベア状のクレーンに載せて、配送スタッフに引き渡すという仕組みだ。

特にアプリからの注文が殺到するのは、夕飯を準備する前の夕方どきで、平日18時ごろに実店舗のスーパーを訪れると、買い物客の傍らでスタッフが売り場を走り回りながら、ECから注文があったであろう商品をバッグに詰め込んでいく光景を目にすることができる。

このピッキングの時間で10分、そしてバイクでの配達に20分と、注文後合計30分以内で配達してくれるスピード感こそが、フーマーフレッシュに病みつきになる一番の魅力なのだ。AmazonFreshが「最短で4時間」で配達することを考えると、いかに驚異のスピードであるか、お分りいただけるだろう。

また「半径3km」と限定していることで配達における冷蔵設備を必要としない。配送のコストを極限まで下げ、効率化した結果、30分という配達時間を実現しているのである。

② 購買機会の価値を最大化。アリババが仕掛けるECへの“導線”

オフラインからオンラインへの“導線”に、フーマフレッシュがコンセプトに掲げる「ニューリテール」の思想を見ることができる。

フーマフレッシュは基本的に「会員制」となっており、オンラインでの宅配、そしてオフラインの実店舗にかかわらず、決済を行うためには専用アプリのダウンロードが要求される。専用アプリからは宅配ECの注文ができるようになっているため、実店舗しか利用していなかったユーザーにも、徐々に宅配ECの利用を促していこうという仕掛けだ。

フーマーフレッシュの専用アプリ

先ほど挙げた2つ目の生鮮食品の宅配EC普及の壁として「食品への不安」があったが、直接店舗に訪れることで、目で見たり、触ったり、匂いを嗅いだりと、商品の質をしっかりと確認できる。このように、オフラインの店舗の中で、お客さんが自らの実体験を通して、品物の質に対する信頼感が醸成されれば、次回からは「オンラインで買ってみるか」と思ってもらうことができるのだ。

このように、宅配ECの利用率を引き上げることが、既存の伝統的なスーパーとの差別化ポイントであり、経営効率の向上および当ビジネスモデルの勝ち筋となる。一方で、テンセントをはじめとする多くの同業他社は、「スーパーに直接来て買い物してもらうことはできても、宅配ECに誘導することができない」と、オンラインでの利用率の改善に苦しんでいるのが現実だ。

そんな中、2018年7月31日に中国杭州で開かれたアリババの株主向け説明会で、フーマーフレッシュのオンライン売上率が60%を超えたと発表された。この非常に高いオンライン売上比率に支えられて、フーマーフレッシュの店舗ごとの平均坪単位売上は5万元越えと、同業他社の3倍以上の実績を叩き出したのである。


アリババが発表したフーマーフレッシュの実績(2018年7月末時点)。64店舗を開店し、14年にて展開、1000万人以上のユーザーを獲得などなど。

③ 海鮮をその場で調理するイートインで、いままでにない顧客体験を提供

認知の獲得、信頼の獲得、さらに多くの成長を実現させるために、フーマーフレッシュは多くの仕掛けを作っている。最も代表的なものが、食材販売コーナーとレストランを併設したイートインコーナーだ。店舗に来たお客さんは、エビやカニなどを水槽から自分で選んだあと、そのまま店内で調理して食べることができるのだ。

フーマーにある海鮮コーナーの水槽。お客さんが自ら選んで、網ですくえる

魚だけでなく、貝類、カニなど。カニだけで10種類ほどあり、種類豊富

生鮮食品の中で、最も鮮度への要求が高い海鮮なだけに、その場でさばいて食べられるというスタイルは、多くの中国の人の心を鷲掴みにした。著者が住む上海にあるフーマーフレッシュでは、平日にもかかわらず、ランチタイムの時間帯ではレストランコーナーにびっしりと人が集まり、海鮮をはじめとする食材に舌鼓を打っていた。

このイートインスペースは、イタリアの食材販売コーナーとレストランを併設したイタリア発の総合フードマーケットであるEatalyの発想を得て、設計されていると言われている。

食材を買って帰るだけではなく、その場で、見て、選んで、そのまま食べられるというある種のエンターテインメント性を含んだ体験ができる場として店作りをすることによって、従来のスーパーと差別化を図ると共に、「フーマーフレッシュ=品物の新鮮さに絶対の自信を持つスーパー」というブランディングを施しているのである。

昼過ぎのフーマーフレッシュのレストランコーナーの様子。様々な露店が並ぶ中、3割以上のお客さんが海鮮を食べていた。

4. ECだけでなく、小売りの限界をも突破するフーマーフレッシュ

オフライン店舗を在庫拠点とし、徹底した効率化で高速の配達、オフラインからオンラインへの自然な導線…。宅配ECのボトルネックを全て解消したフーマフレッシュは、「超級物種」「7フレッシュ」「小象生鮮」「好爸爸」といった競合を振り切り、独走状態に入ろうとしている。

現在は上海を中心に100店舗以上を展開しているが、アリババは2020年までに、中期計画として2000店舗を設置することを目標に、成都、武漢、南京などにも進出する予定だ。

筆者の住んでいる地域はフーマフレッシュの範囲外だが、実際、上海に住む中国人の友人の多くがフーマーフレッシュに頼った生活をしている。通常のスーパーマーケットにくらべ1〜2割ほど割増だが、30分以内に宅配してくれる便利さには代え難い。

ECだけでなく、小売りの限界をも突破するフーマフレッシュ。2019年はどこまで拡大していくのか。これからの動向を注視していきたい。

中国トレンドマーケター。 1989年中国・西安市生まれ。6歳で来日。早稲田大学先進理工学部卒業後、2012年に総合商社に入社。食糧品の貿易事業及び投資管理事業に6年半従事したのち、2018年秋より上海交通大学MBAに2年間留学中。

黄未来

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