オムニチャネル化は「事業の課題整理」から──川添隆氏に聞く、小売のデジタルシフト戦略

interview

オムニチャネル化は「事業の課題整理」から──川添隆氏に聞く、小売のデジタルシフト戦略

Text : 筒井 智子 / Photo : 加藤甫 / Editor : 佐々木将史

スマートフォンやモバイルアプリの浸透により、小売業界では「デジタル or アナログ」「実店舗 or EC」ではなく、販売チャネルを超えて顧客に最適な価値を届けようという動き──いわゆる“オムニチャネル化”が、いよいよ本格化してきた。

一方、実店舗とECを別々の事業として扱うなど、この時流に対応しきれていない企業も未だに多い。

そこで今回は、“ECエバンジェリスト”として業界のEC・オムニチャネル推進に向けた活動を行い、メガネスーパーを擁する株式会社ビジョナリーホールディングス デジタルエクスペリエンス事業本部で本部長も務める川添隆氏を訪ね、日本のオムニチャネルの現状や課題感、小売事業者が今後どのような視点を持つべきなのかについて伺った。

株式会社ビジョナリーホールディングス デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長 川添隆氏
アパレル関連企業を2社を経験後、前職のクレッジでEC事業責任者としてEC売上を2年で約2倍に拡大。2013年7月よりメガネスーパーに入社。EC事業、オムニチャネル推進、デジタル周辺を統括し、EC事業は6年で約6倍、自社ECは約9倍に拡大。2017年よりビジョナリーホールディングスを兼務、2018年より執行役員。

「デジタルシフト=良いこと」…とは限らない

ECエバンジェリストとして活躍する川添氏のもとには、日々さまざまな相談がやってくる。

その中で同氏が気づいたのは、特に実店舗を中心としてきた小売事業者がECとの連動を検討する際に、「オムニチャネル化=ECでのデータ活用」だと思っている場合が多いことだという。川添氏はまず、ここに警鐘を鳴らした。

川添氏「『デジタル化を進めれば、ECから売上が伸びるはずだ』『ECと実店舗の顧客データを統合すれば、両方で購買する人が増えそうだ』──そう考える事業者は、少なくありません。

しかし、ユーザーはECで購入するメリットがない限り、そもそもサイトを訪れてくれない。単に顧客データだけをECと揃えても、売上が大幅に増加するケースは、実情ではほとんどないのです」

株式会社ビジョナリーホールディングス 川添隆氏

オムニチャネルは、データの活用方法ではなく、あくまで「顧客接点のつくり方」なのだ。そして、川添氏にも「現時点での最適解と言えるものはない」という。

川添氏「事業者がまず考えなければならないのは、ECや実店舗など各チャネルをどのような役割にするか。チャネルごとの強みと弱み、提供できるものとできないものを整理し、それぞれの役割を定義するのが先決です。

その結果、業界によっては『デジタルシフトより優先順位の高い施策』が出てくることも考えられます」

例えば、メガネの場合、ECより店舗のほうが商品と顧客の最初の接点が生まれやすい。メガネは度数や実際の見え方を店員に伝える「コンサルテーション型」の商品で、かつ指名買いが少ないため、店舗で相談したうえで購入を検討したい要望が多いからだ。

こうしたケースでは、ECを強化するよりも、「顧客と接点を持てる店舗への送客施策を優先したほうが効果は出やすい」と川添氏。大切なのは、オンラインかオフラインかを問わず、顧客と出会える「場」をつくることだ。

川添氏「これまで小売業者における『場』は、出店とセットで語られてきました。しかし、出店後にその場をどうすべきかについては、あまり考えられてこなかった。

店舗が提供するのは、言うまでもなく『商品』ですが、それを売るだけの場所であれば、ECで購入しても顧客体験は変わりません。そうではなく、店舗ならではの『+αの価値』をいかに提供するかが、今後は重要となります」

川添氏「とはいえ、ECの割合が増えてきているのも事実です。メガネスーパーの場合、デジタル完結型でユーザー体験を高めるというより、例えばWEB予約を使って店舗にデータを連携させ、お客様の待ち時間や手間を省くなど、全体の顧客体験をより良いものにしていくことを目的にしています」

実際に、店舗を訪れる顧客の中には、ECで同社のコンタクトレンズも購入している人が少しずつ増えてきた。コンタクトレンズは「前回買ったものと同じものがほしい」という要望が多く、店舗側でECでの前回購入情報が見れないと、クレームにつながることも考えられる。

ここで初めて「ECと実店舗のデータは連携しなければ、顧客に対して不義理だ」という話になり、データ連携の優先度が上がったのだ。

日本が諸外国に比べて「EC化率」が低い理由

そもそも、日本のECはどのような現状にあるのだろうか。2019年5月に経済産業省が発表した日本のEC市場規模(BtoC)は、約17兆9,845億円(2018年)で前年比8.96%増。だが、BtoC市場全体から見れば、物販分野のEC化率は6.22%に留まる。

諸外国に比べ、EC化率が低い理由について、川添氏は次のように述べた。

川添氏「ECの代替手段が、日本には多いんです。アメリカは国土が広く、顧客が気軽に店舗を訪れるのは難しいので、EC化率は高くなる。ですが日本の、特に都市部は店舗数が多いため、ECで購入するメリットを感じない人も多いでしょう。

一方で、地方はアメリカと同様、気軽に店舗へ行ける環境ではないケースも多い。そもそも店舗数が少ないため、接触する情報も都市部に比べて格段に少ないはずです。そうするとECの利用が進みそうですが、地方では周辺の都市やショッピングモールへ買い物に行く。そして、行くこと自体がエンタメ化しています。

ショッピングモールでの体験が『服を買う・食事をする・映画を観る』とセットだと捉えると、ECは『購入』のみで合理的すぎるんですね。実際、ECの利用率はむしろ都内のほうが高いのが現状です」

とはいえ、共働き世帯など、店舗を訪れる時間が取れない人も増えつつある。日本における「ECのあるべき姿」を、川添氏はどのように考えているのだろうか。

“日本らしさ”を失わず、海外ECの良い点を取り入れる

日本のオムニチャネルの文脈で、引き合いに出されるのはアメリカだが、住宅地と商業立地が入り組んだ日本とは環境が違いすぎるため、「実はアメリカ型の考えはフィットしにくい」と川添氏は指摘する。むしろ、注目すべきはヨーロッパ型や中国型だ。

川添氏「最近は中国の『ニューリテール』や『OMO』(Online Merges with Offline/オンラインとオフラインの融合)といった動きに、興味のある人が多いように見受けられます。中国はキャッシュレスも浸透しつつあり、QRコード決済が今や独自の進化を遂げている。ECに限らず、グローバルで見ても最もチャレンジングな取り組みをしている国と言えます。

また、アメリカや中国に比べ、現地へ視察に訪れた人たちが『日本にも取り入れやすい事例だ』と口々におっしゃるのが、ヨーロッパ型ですね。EC化が比較的遅れている印象もありますが、EC購入後の“店舗での受取率”は5~6割もあり、店舗数の多い日本でも参考にしやすいのではないでしょうか」

しかし同時に、川添氏は海外の手法を取り入れることに対し、疑問も呈している。

川添氏「海外ECの良い部分を取り入れるのは良いですが、日本ならではの強みも大事にしたいですね。ハイエンドなサービスでは、海外の方がクオリティの高いものもありますが、生活する上での標準的なサービスや製品の水準は今も、日本は世界トップクラスです。

この背景にあるのが、日本人の繊細さ。『意思決定が遅い』など負の側面になることもありますが、それでもその繊細さは、ホスピタリティの面で活きてくるはずです。これを“活かす”基盤を整えるために、オムニチャネルをどのようにして構築するか、テクノロジーをどう活用するかを考えるべきでしょう」

「小売×デジタルシフト」でクリアすべき2つの課題

では、実際にデジタルシフトを迫られた小売事業者は、どのように取り組めばいいのか。それに対して、川添氏はクリアすべき2つのことを教えてくれた。

1つ目は、経営者の覚悟だ。よく耳にする課題は、デジタルに注力するか否かも含めて、「経営陣がなかなか意思決定をしてくれない」というもの。企業がどこに向かうのかを、船頭たる経営者は現場に明示する必要がある。

川添氏「例えばアパレル業界の多くは、いわゆる“館”(百貨店、ファッションビル、ショッピングセンターなど)に出店しており、戦略的にも必須だと言われます。しかし、出店を続けるためには通常、インショップでの一定の売上が必要になります。ECを立ち上げたあと、その戦略を変えずにインショップでの売上も求めてしまうと、ECの強化には迷いが出ますし、百貨店の場合であれば顧客情報の取得すらも難しい。

一方、顧客とつながっていくためにはデジタルを活用する必要があり、ECを充実させたい。そのような、2つの相反する問題が起こり得るのです。これをどうやって解決するかが、経営者の腕の見せ所ですね」

そのため、他社でデジタル推進を担当している人材に講演してもらったり、経営者や経営幹部、部門長などが勉強会をしたりすることで、強制的にインプットする機会を増やす企業もあるという。課題解決の知見やヒントを得て、正面から問題に取り組む姿勢が求められるのだ。

2つ目は、デジタルシフトの担当者の課題設定だ。

担当者は戦略を細かく描き、実行していく。デジタルシフトが上手くいかない最大の理由は、このとき「担当者が手段を目的化してしまうこと」だという。

川添氏「当初の目的は『顧客の体験をより良いものにすべく、オムニチャネルを実現させる。そのためにデータ連携をしなければならない』だったはずが、『データを連携させ、顧客情報をビジネスに活用しなければならない』となる。いつの間にか目的を忘れ、手段に目が行っているんですね。それでは本末転倒です」

オムニチャネルは本来、顧客の期待に合わせてサービスを提供し、Win-Winの関係を継続し続けるための、ブランド・商品・マーケティングとも紐づく「チャネル戦略」を指す。「この定義を見誤る人が本当に多い」と川添氏は語る。

川添氏「現在の課題や、今後何をやっていけば良いのかのヒントは、自社の歴史の中にあるはずです。メガネスーパーであれば、40年の歴史を知らなければ、“今”は見えてきません。新しい施策にばかり目が向いてしまい、自分たちの強みを忘れてしまっているケースもあります。

オムニチャネルは、全社を巻き込む話です。そこで必要なのは『自社の課題整理』。ECだけではなく、店舗で何が課題になっているのか、地方と都市部それぞれで何が起きているのかを丁寧に拾っていき、その上で細かい情報の裏取りをしていくことが大切ですね」

ECを含んだ全体の課題を整理してから、小さな事象を集める──この順番を逆にしてしまい、噛み合っていない責任者は少なくないという。それらをきちんと整理しておくことで、いざ情報をインプットしたときに、ヒントが見つかりやすくなるのだ。

デジタルシフトの成功は“人”次第

会社の意思決定として、今後オムニチャネル化に注力すると決めたのであれば、その責任者には、現場の感覚を持ち、何らかの課題意識を持っている人材を配置する必要がある。もちろん、社内に影響力のあるエース級であることが前提だ。全社展開する際には「誰が話すか」もポイントになるからである。

とはいえ、現業との違いから、デジタル分野のインプットが十分でない場合もあるだろう。そのため、「デジタルを理解できる人材を補佐に付けたほうがいい」と川添氏は指摘する。

川添氏「補佐に付いた人は、とにかくインプットをしまくる。どの課題から手を付ければいいのかは、エース級の現場担当トップが分かっているので、補佐が外から情報を取ってきて、トップに翻訳して伝えることができれば上手くいくはずです」

ただ、小売業の施策においては、各社の文化や商材によって消費者行動が異なる点が難しさを生む。さらにデジタルを組み合わせるので、難易度が非常に高くなる。

だからこそ役割を分け、足りない部分に補佐を付ける。マネジメントする余裕がなければ、マネジメントを見てくれる右腕を付けるなど、チームで動くようにすれば良いというのだ。

新たな施策やツール導入を検討する際、それによって何が得られるのかを見定めるのは難しい。だが、整理した課題を解決できそうか、改善するためのデータを得られそうかなど「これは使えそう」と思えるのであれば、最後は腹をくくってやってみるしかない。

施策を実行するにせよ、新たなツール導入を検討するにせよ、大小さまざまな課題を整理しきっていることが大前提──インタビューの中で、川添氏が繰り返した「課題整理」はあくまで最初の一歩。しかし、それを徹底することで、デジタルシフトへの道が大きく拓けることは間違いないだろう。