「Amazonにもできない」メガネスーパーのレコメンドには、小売現場に必要な“デジタルの武器”があった──川添隆氏×宮森修仁氏

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「Amazonにもできない」メガネスーパーのレコメンドには、小売現場に必要な“デジタルの武器”があった──川添隆氏×宮森修仁氏

Text : 筒井 智子 / Photo : 加藤甫 / Editor : 佐々木将史

実店舗を持つ小売業において、自社の持つデータと現場との連携は急務だ。「オムニチャネル化」も叫ばれて久しいが、その連携が上手くいっている例は少ない。

そこで、前回の記事では、“ECエバンジェリスト”として活躍する川添隆氏に、そんな日本の現状や課題感、小売事業者が持つべき視点などを語ってもらった。

(参照:『オムニチャネル化は「事業の課題整理」から──川添隆氏に聞く、小売のデジタルシフト戦略』

とはいえ、現場で実際にデータの活用が進むには時間もかかる。デジタルを担う部門自身がきちんとデータを扱えるようになり、そこからスタッフ誰もが理解できるような形に整え、ようやく現場の活用につながるのだ。

今回は具体例を交えて、その実践について考えていく。川添氏の所属するメガネスーパーのマーケティング事業部・宮森修仁氏を交え、同社の事例を聞いた。

現場からの叩き上げだという宮森氏は、2019年の「全日本DM大賞」で銀賞を受賞した『ユーザートリガーDM』を主導する。同社が持つデータをどのように現場に活かしてきたのか、どうやって現場に浸透させたのかについて、詳しく伺った。

株式会社ビジョナリーホールディングス デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長 川添隆氏
アパレル関連企業を2社を経験後、前職のクレッジでEC事業責任者としてEC売上を2年で約2倍に拡大。2013年7月よりメガネスーパーに入社。EC事業、オムニチャネル推進、デジタル周辺を統括し、EC事業は6年で約6倍、自社ECは約9倍に拡大。2017年よりビジョナリーホールディングスを兼務、2018年より執行役員。
株式会社ビジョナリーホールディングス マーケティング事業本部 シニアエキスパート 宮森修仁氏
2000年株式会社メガネスーパー入社。東京エリアの統括ストアディレクターを経て、2013年にマーケティンググループに異動。900万人の顧客データと購買データを基にした、DMのシナリオ設計・実施・分析までを一括して担当。2017年株式会社ビジョナリーホールディングスを兼務。現在は店舗の接客をトリガーとしたDMに取り組む。

顧客の中で「メガネ屋の第1位」であり続けなければならない

メガネスーパーには苦い記憶がある。業績悪化に苦しみ、2008年4月期に赤字転落。その後、債務超過に陥り、2012年には投資ファンドが介入した。経営が黒字化したのは2016年4月期のことで、2017年以降の同社は、今まさに「再成長期」にある(ビジョナリーホールディングス2019年4月期決算短信)という。

入社して以来、店舗スタッフ、店長、ストアディレクターを務めてきた宮森氏は、赤字に転落した要因のひとつを、「他社のやり方を戦略を立てないまま踏襲したこと」だったと語る。

宮森氏「『Zoff』さんや『JINS』さんの低価格戦略、『眼鏡市場』さんのような均一価格に、安易に乗っかってしまったんですね。それらを真似るのを止め、まずは私たちの本来の強みである、“密な接客”とメガネのコンサルティングに立ち戻ることにしました」

株式会社ビジョナリーホールディングス 宮森修仁氏

宮森氏がマーケティンググループに異動した2013年当時、すでにメガネスーパーには約900万件の顧客データがあり、そのうち活用できるデータは700万件ほどもあった。メガネは「半医半商(はんいはんしょう)」と呼ばれる商品であり、視力検査などを伴うため、個人情報を預けることに対しても抵抗を覚えにくかったのだ。

このデータを活かさない手はないと考え、同氏が本格的にスタートさせたのがDM施策だ。

宮森氏「最初、どんなDMがヒットするかも分からなかったため、700万件の顧客データを対象に、予算の許す限りどんどんDMを打ちました。そこで、大きく2つの気づきを得られたんです」

1つは、リピート購入のサイクルにばらつきがあること。メガネの購入サイクルは「およそ3年」と言われているが、実際には1年ごとに買う人もいれば、10年に1回しか買わない人も多くいることが分かったという。

他の商材であれば、一般的に“休眠客”のデータは定期的に破棄される。しかし、メガネにおいては、10年前の顧客データも価値を持つ。

DM施策によるもう1つの気づきは、どこのメガネ店も差別化しきれていないことだ。その証拠に、他社のDMを持ってメガネスーパーに来店する顧客も多く存在した。

この傾向は以前からあったが、店舗にいた頃の宮森氏は「ラッキー」としか思っていなかったという。しかし、マーケティングを担当するようになった今、それこそが一番の課題だと考えるようになった。

宮森氏「他社のDMを持ってくるということは、我々のDMを持って他社の店舗へ行くお客様もいるはずです。ZoffさんやJINSさんは『安い』イメージがあるかもしれませんが、それ以外は、当社を含め差別化できていない。

だからこそ、DMではさまざまな情報を与え続け、来店する仕掛けを作ることが重要だなと。来店につながらなくても、とにかく届け続けて、いつでも『メガネはメガネスーパー』と思ってもらうんです。DMは、お客様にとっての“メガネ屋の第1位”であり続けるための、大事なツールなんですよ」

「2本目の購入」を促す、ユーザートリガーDM

実は宮森氏が現場からマーケティングに異動し、最初に取り組んだのは、「年賀状と暑中見舞いを書いて出すこと」だった。店舗によっては出しているところもあったが、同氏はこれを全社に義務付けた。

宮森氏「自分も店舗勤務の時代にやっていて、手応えを感じていました。特にクーポンを入れなくても、ちゃんと手書きのものを送ることで、来店率は通常DMの3~4倍になります」

現場スタッフに負荷はかかったが、反響も大きかった。メガネスーパーの売りである“密な接客”で得た情報──例えば、接客中の会話で子どもが生まれたことを聞いていれば、「お子さん、お元気ですか?」と付け加えることで、顧客にとってはハガキが“自分事”になる。今では、多い店舗で1人のスタッフが2,000枚書くこともあるという。

これを可能にしたのが、顧客との会話などを店舗ごとに記録した「顧客ノート」だ。その情報を参考に、半年に1回の葉書を送る。ノートが増えれば増えるほど、顧客が来店する可能性は高まるため、現場スタッフのモチベーションにもつながっているという。

顧客情報を積み上げた先に生み出されたのが、同社が注力している「ユーザートリガーDM」だ。このDMは、“2本目の購入”を促すという。

宮森氏「メガネを1本じゃなくて複数持っていただきたい、という思いで始めました。というのも、一般的に調べる『視力』は、実は『遠見(えんけん)』なんです。1.0が視えていれば『視力が良い』と判断される。

しかし、手元を見るのに1.0は必要ありません。むしろ、目は近くを見るのに力を使うため、遠くまで視えるようになれば、逆にPCの作業などは目が疲れやすくなります。

このようにお話しても、ほとんどのお客様は『1本で大丈夫』とおっしゃいます。でも、新しいメガネをかけて1週間ほど経つと『遠くは見やすくなったけれど、近くが見づらい』と気づくんですね。そのタイミングでDMを届けることを考えました」

データからも、1本目の購入後、1年以内に2本目を購入した人は、その後も1本しか買わなかった顧客よりも2倍リピート購入していることが分かった。そこで宮森氏はまず、DMのシナリオを8パターン作成。顧客の年齢や性別、メガネの度数、購入した商品の種類などから、定めたシナリオを用いたDMが1週間後に自動で届くようにした。

さらに“密な接客”の強みを活かし、現場でもシナリオを変更できるようにシステムを構築。ここに、メガネスーパーの独自性があるという。

宮森氏「例えば遠近両用のメガネを購入された場合、2本目には手元用メガネのヒット率が高いので、そのシナリオでDMが届くようになっています。でも、店舗で接客した情報から、『このお客様、ゴルフをやるからゴルフ用商品の提案だともっと良いんだけどな』というケースもあります。

その場合は店舗側で、僕が設定したシナリオではないものに変えられるんです。より“担当者の血”が通う形ですね」

シナリオの変更猶予は、1本目の商品をお渡しして2日間まで。この間にシナリオの種類や割引率の変更、さらに社員や店長、社長の写真を載せられるようになっている。

現場をマーケティングに巻き込み、「Amazonにもできないレコメンド」を

ユーザートリガーDMのメリットは、2つある。1つは、猶予期間中に何もしなければ、勝手にDMが送られてしまうため、現場がしっかりチェックするようになること。顧客情報の精度が高まるのだ。

もう1つは、店舗がよりマーケティングに参加できること。スタッフ自らシナリオを立てられるため、特定の顧客に伏線を張っておくなど、効果的な販促活動ができるのだ。デジタルエクスペリエンス事業本部の川添氏は、「これはAmazonにもできないことだ」と力を込める。

川添氏「購買データだけではなく、購入前に取得した情報を絡めて、次の購入につなげているんです。もちろん、Amazonにも閲覧ベースでのレコメンドは存在しますよ。しかし、メガネスーパーはそれでも見えてこない、店舗の会話などからインサイトを取得していますから」

株式会社ビジョナリーホールディングス 川添隆氏

とはいえ、それが優れたシステムであっても、店舗の現場で使えるものにするには、ハードルも高いように思われる。どうやってそれを乗り越えたのだろうか。

ユーザートリガーDMは、株式会社ファインドスターの提供するシステム「Re;p(リップ)」が元になっている。川添氏がこの“武器”を見つけたとき、「メガネスーパーで、これを最も活用できるのは誰か?」を考え、真っ先に浮かんだのが宮森氏だったという。

川添氏「小売業界において、データを分析・活用し、店舗側に“デジタルの武器”を渡したいと、ほとんどの企業は考えています。前回も述べましたが、大切なのはそれを『誰に渡すのか』。

彼は現場出身な上に、1人で50~60個のDMシナリオやセグメントをすでに全部考えていました。自社の課題も整理できていたので、僕が紹介したら、その場ですぐ『店頭でシナリオを切り替えられるようにしたい』とアイデアが出てきたんです」

宮森氏「もちろん、忙しい現場への配慮は十分に考えました。店舗実務を経験していたのが大きかったですね。だから、シナリオを変えるのも『ボタンを押すだけ』という簡単な作業にしました」

同時に、宮森氏は「シナリオを変更しなくてもOK」というアプローチも取ったという。なるべく店舗の手間を取らせたくなかったこともあり、「僕のシナリオでもある程度は反響があるはずです。信じてください」と伝えたのだ。

これには当初、現場の反応は半信半疑だった。そこで、成功例が出始めるのを待って、宮森氏は週次で行われる各地区のリーダーを集めた定例会議で、事例として発表していった。

宮森氏「アドバイスを実行に移した店舗から、次第に『だんだん分かってきた』『新規も取れてきた』という声が上がるようになってきました。それを聞いた他のリーダーが『うちの店でもやってみるか』となり、浸透していったんです。

現在、積極的に店舗でシナリオを変えているのは、全体の約10%ほどです。それでも徐々に手応えを感じており、最近は現場から『こういうシナリオがほしい』という要望も上がってくるようになってきました。今後、パターンも定期的に見直していく予定です」

「今ある施策」を磨き込み、店舗とWEBの連携へ

2本目の購入を促すためのDMは、思わぬ効果ももたらしている。1週間後という「メガネを替えたことを周囲が認知するタイミング」でDMを届けたことで、家族や同僚などへの紹介が増えたのだ。

今では、2本目を買う顧客の倍以上、その顧客経由の新規購入客が発生しているという。ユーザートリガーDMは、もはやメガネスーパーにとって、なくてはならないツールとなった。

今後は「紙のDMを続けていく前提で、WEBとの連携を深めていく」と話す宮森氏。サイトに訪問したものの、来店しなかった人や検査予約を入れなかった人に対しても、DMを送るようにしたいという。

宮森氏「アクティブ顧客と休眠顧客ではアプローチを変える必要があります。また、検査にこだわる顧客もいれば、度数にこだわる人、フレームなどの見た目にこだわる人など、顧客によってメガネに求めるポイントは異なるんです。

メガネスーパーでは現在、ターゲットや属性によって顧客ピラミッドを作っていますが、CRMの観点で考えると、この内容はどんどん変えていかなければなりません」

訴求の切り口にも工夫が求められる。一例として、宮森氏は「家族」を挙げた。家族で同じ店に行き購入する、それも0歳から100歳まで買う商品は、携帯電話かメガネしかないのでは、と宮森氏は考えているのだ。

宮森氏「例えば、お子さんが中学生になったタイミングでお祝いのクーポン付きDMを送ると、本人ではなくご両親がそのクーポンを使って購入してくださるケースもあります。

1人が2人になって、2人が3人になった瞬間に、その家族のLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)は大きく高まるんですね。こうした切り口を見つけて、LTVを顧客ごとにどう高めていくかが、今後のポイントになると考えています」

今回のインタビューを通じて2人から感じられたのは、メガネスーパーはすでに、現在の課題認識と整理をしっかりできているということだ。的確な優先順位づけのもとに繰り出される施策は、すでに成果を上げつつある。

シナリオの見直しや、訴求のバリエーションを増やすなど、同社の強みである“密な接客”で得たさまざまな情報を組み合わせ、店舗をデータで強化していく──。「新しい施策を次々に実行するより、『今ある施策』をより磨き込んでいきたい」と、最後まで宮森氏は笑顔で語ってくれた。