前週比“3倍”が、VTuberの可能性を示す。平和堂が実現したい「顧客との対話」

interview

前週比“3倍”が、VTuberの可能性を示す。平和堂が実現したい「顧客との対話」

Text : なかがわ あすか / Photo : 宮村政徳 / Editor : 佐々木将史

滋賀県を中心に、2府7県に総合スーパーを展開する株式会社平和堂。創業62年の歴史を誇りつつも、高齢化社会やスマホ普及の煽りを受け、チラシメインの「アナログ販促」から、アプリやSNSを活用した「デジタル販促」への移行を急ピッチで進めていた。中でも、求めていたのは平和堂が主導するネットコンテンツの“起爆剤”だった。

そんな同社が、見事に熱視線を集めたのは、2018年12月1日。彦根市にある本社横の店舗「ビバシティ平和堂」から、小売業界初の公式VTuber従業員「鳩乃幸(はとのさち)」が誕生した。

店頭設置の大型モニターに登場し、ライブ配信による対面販売など買い物客との交流をしたイベントの模様は、テレビをはじめ各メディアで報じられた。

前編では、平和堂がVTuberの導入を決めた背景や、鳩乃幸がデビューするまでの経緯について、同社の河合敏樹氏に話を伺った。続く後編では、VTuber従業員に対する利用客の反応や、取り組みの効果、鳩乃幸の今後に迫る。

株式会社平和堂 営業企画部 販売促進課
河合敏樹氏

1976年生まれ。大学卒業後に株式会社平和堂へ入社し、家電製品売場店舗担当、商品部バイヤーを経て現在の営業企画部に着任。主に平和堂のインターネットに関わる業務、アプリ作成、SNS運営を行う。テレビでのインフォマーシャルなどの新規開発、イメージキャラクター「はとっぴー」の運営などを担当。

デビュー当日、予想外の光景を目の当たりにする

「鳩乃幸」のデビュー当日、河合氏は緊張していた。

「正直なところ、鳩乃幸をお客様へすぐに受け入れてもらうのは難しいかもしれないと不安でした。『VTuber』という単語自体、聞き慣れないお客様も多いはずです。デビューイベントとして成立するかも分かりませんでした」

ところが、イベント当日、河合氏の前には予想外の光景が広がった。

大型モニターに映る鳩乃幸の周りには、老若男女問わず、大勢の買い物客の姿。画面のなかの彼女が身振り手振りで話すと、近くを通りかかった人が、一人、また一人と足を止める。流暢に話す彼女を前に、子どもたちは喜び、大人たちは驚きの眼差しを向けた。

初日ながら、鳩乃幸と触れ合った利用客は300人近く。予想以上の反響ぶりに、河合氏を含めたプロジェクトメンバー全員が胸をなでおろした。

「お客様もある程度の『珍しさ』を感じていると同時に、楽しそうに話して頂いている印象を受けました」

訪れた顧客のなかには、あまりの不思議さに「後ろに誰かいるのでは?」と、モニターの後部を覗き込む姿も見られた。実際の撮影は別の場所で行われており、後ろには誰もいない。

かと言って彼女を敬遠する様子はなく、鳩乃幸からの「何を買ったんですか?」という問いかけに、「今日はね…」と抵抗なく答える人のほうが多かったという。

「特に10代以下のお子さんは、普段からYouTubeを見て慣れているせいか、抵抗なく会話を楽しんでいました。主婦の方も、お子さんと一緒にじゃんけんゲームを楽しんだり、鳩乃幸からの質問に受け答えをされていたので、まずまずの反応だったのかなと。また、VTuberに一番慣れていないであろう高齢者の方々が、ごく自然に会話をしていたのは驚きでしたね」

特定の世代ではなく、幅広い層に受け入れてもらえたこと。デジタルコンテンツではなく、ある種の“人間らしさ”を鳩乃幸に感じる人が多いことも意外だったと河合氏は話した。

前週比3倍の売り上げに貢献。一人で実食販売もこなす

12月のデビュー以降、鳩乃幸が登場するイベントは、滋賀、石川、大阪の3店舗で実施された。(※2019年2月19日の取材時点)

実際に、売り上げにも貢献している。デビュー初日に行った対面販売で、彼女はプライベートブランド「E-WA!」の食品PRも実施し、販売数は前週比の約3倍を記録したという。

顧客の反応を掴めてきた河合氏は、3回目の大阪・香里園の店舗でイベントを行った際、ある実験を思いつく。

「それまでは、モニターの近くにスタッフが付き添ってサポートしていました。むしろ彼女を一人にした場合、お客様がどんな反応をするのか。それを確かめるために、モニターから遠く離れた場所で鳩乃幸を見守ることにしたんです」

当日、鳩乃幸は買い物客の前で2種類の商品を紹介し、食べ比べを勧めながら「どっちが美味しいですか?」とアンケートを実施した。

「鳩乃幸が『今晩のおかずにどうですか?』『この商品は食感がおすすめですよ』なんて話しかけると、最初は驚く方もいましたが、すぐに慣れて会話を楽しんでいるようでした。そのあとも、彼女が勧めた商品を普通に購入頂くお客様が多く驚きましたね」

売上数、集客数ともに一定の効果があったことは数字が証明している。一人で接客もこなせた。だが、河合氏は満足することなく、すでに先を見据えている。

「これからも『鳩乃幸に会いたかった』『鳩乃幸と話がしたくて来た』と言って頂けるお客さんが増えるよう、会社全体で努めていく必要があると思います」

社内からの信頼を背負い、課題と向き合う日々

何度か店舗イベントを実施するなかで、鳩乃幸の活躍を見聞きする社員が増えたおかげか、社内全体で彼女への反響が増しているのを、河合氏は感じている。

「『鳩乃幸を使って、うちの商品をPRできないか』と打診があったり、逆に『鳩乃幸にこんなことをさせてみてはどうか』と案を持ち込んできてくれたり、私たちの部署以外にも、
彼女を活用した販促アクションを考える部署が増えてきています。お客様だけでなく、社内からも愛される存在になってきていることがすごく嬉しいです」

顧客からも、社内からも好印象を得たVTuber「鳩乃幸」。その手応えや可能性は十二分にあるはずだが、クリアすべき課題もたくさんある。

「例えば、動きやポーズ、衣装一つとっても改善の余地はあります。“平和堂の従業員”としての再現性を上げるために、今も細かいバージョンアップに取り組んでいます。システム運用自体をフレキシブルに回していくことも必要ですね。イベントに際しての機材搬入なども、もっと省力化していきたいです」

今まで1日に1店舗のみだったイベントは、VTuberの特性を活かし、今後は同日に複数店舗やエリアでも開催していきたいという。また、同時間に多店舗での実施をすることも視野に入れて、店頭での露出を高めていく方向だ。

大切なのは「対話」、VTuberは「手段」

以前、DooRでも取材した株式会社ローソンの事例に見るように、一部の小売店ではAI搭載の自律型キャラクターによる接客の導入が始まっている。鳩乃幸へのAI実装も可能ではないだろうか。

そう筆者が問うと、河合氏も「AIの進化速度を見ながら考えていきたい」と前向きな姿勢を見せた。だが、どんな選択肢においても、平和堂が優先するのは「店舗運営の効率化」ではなく、あくまでも顧客に提供する「楽しさ」であると強調する。

「私たちは、お客様との『対話』を大切にしています。鳩乃幸も『VTuber』としてではなく、『平和堂の一従業員』として認知してもらいたい。今はデジタルサイネージやAIによる接客もありますが、それらを採用することにより、“機械感”が強くなってしまうことだけは避けたいですね」

平和堂のイメージソングには、「はずむ心のお買い物」というフレーズがある。平和堂が顧客に提供し続けたいものは、来る人だれもがわくわくする、そんな体験に他ならない。テクノロジーは、それを叶えるための“手段”でしかないということだろう。

「鳩乃幸さんは、まだ新入社員ですからね」

インタビュー終盤、河合氏は自身のPC画面にそっと手を添え、目元を緩ませながらそう話す。彼が接しているのは、“VTuber従業員”ではなく、紛れもない“平和堂従業員”の「鳩乃幸」であると確信した。