スマホ世代との“架け橋”に!滋賀のスーパーが生んだVTuber従業員「鳩乃幸」の誕生秘話

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スマホ世代との“架け橋”に!滋賀のスーパーが生んだVTuber従業員「鳩乃幸」の誕生秘話

Text : なかがわ あすか / Photo : 宮村政徳 / Editor : 佐々木将史

「こんにちは、いらっしゃいませ。平和堂公式VTuberの鳩乃幸(はとのさち)です」

後ろで一つに束ねられた髪、それを覆うチェック柄の赤い頭巾。「HEIWADO」の文字が入った赤いエプロンの左胸には、「はとの」と書かれた名札が付いている。

YouTube画面の奥でほほえむ彼女は、2018年12月1日に「ビバシティ平和堂店」(彦根市)の大型モニターに登場し、小売業界初の“バーチャルYouTuber(VTuber)従業員”としてデビューを飾った。

「鳩乃幸の“幸”は、お客様や従業員を含めた全員が、そして何より鳩乃自身が幸せになってもらいたい。そんな願いを元に、平和堂グループの憲章から名付けました」

こう語ったのは、滋賀県彦根市に本社を置く総合スーパー、株式会社平和堂の営業企画部に所属する河合敏樹氏だ。VTuber・鳩乃幸の導入を推し進めた張本人の口ぶりからは、本プロジェクトに対する熱量の一端が垣間見えた。

都心部以上に、テクノロジーの導入に二の足を踏んでもおかしくない地方拠点のスーパーが、なぜVTuberを採用しようと思ったのか。その核心に迫るべく、河合氏に話を伺った。

株式会社平和堂 営業企画部 販売促進課
河合敏樹氏

1976年生まれ。大学卒業後に株式会社平和堂へ入社し、家電製品売場店舗担当、商品部バイヤーを経て現在の営業企画部に着任。主に平和堂のインターネットに関わる業務、アプリ作成、SNS運営を行う。テレビでのインフォマーシャルなどの新規開発、イメージキャラクター「はとっぴー」の運営などを担当。

ネットでの“起爆剤”が欲しかった

遡ること62年前、平和堂は「靴とカバンの店」として創業した。従業員数はたったの5名。面積20坪の小さな店舗だったが、開店初日から多くの客が押し寄せた。以来、顧客のニーズに合わせて変化と拡大を続け、1990年には東証一部へ上場。現在は総合スーパーとして、滋賀県を中心に2府7県で152店舗を展開するまでになった。

ただ、急激なスマホの普及や、高齢化の進行など、社会の変化は日々スピードを増している。河合氏を含めた社員は、販促自体を変えていく必要があると感じ始めていた。

本プロジェクトに繋がる、最初の一歩だった。

「目に見えて客層の高齢化が進むなか、今後もお店を盛り上げていくためには、もっと子育て世代にアプローチする必要があると思っていました。これまではチラシをメインに販促をしていましたが、スマホ社会の今、紙媒体だけでは訴求しきれない部分がある。若年層に向けて積極的にネットコンテンツを発信していきたい気持ちはずっとありました」

株式会社平和堂 河合敏樹氏

若年層へアプローチするため、河合氏は2013年に「平和堂スマートフォンアプリ」を立ち上げる。2015年にはYouTubeチャンネルを、2016年には平和堂公式のInstagramアカウントを開設。自社ブランド商品の紹介など、地道な情報発信に励んだ。

ところが、フォロワー数は思うように伸びない。3〜4年ほど自分の手でネットコンテンツを動かすなかで、河合氏は「これからの消費を担う世代に広くアプローチできる、“起爆剤”のようなものが欲しい」と思い始める。

頭をよぎったのは、ネットの海で目覚ましい活躍ぶりを見せている「VTuber」だった。

VTuber構想が明確になった瞬間

「2016年くらいからVTuberの活躍が見られるなかで、これを小売の現場に応用すれば面白いんじゃないかと思いました。ネット広告だけでは興味を持ってもらえないのは目に見えています。会社を象徴するキャラクターが、デジタルの世界から身振り手振りで平和堂の良さを伝える。そんなものがあっても良いよなと、ぼんやり考え始めたんです」

“起爆剤”のもとを見つけた河合氏だったが、思いついた時点では、それをどう形にして火をつければいいかまで予想できずにいた。

「構想の当初は、VTuberを使って“何を”するのか、“どうやって”商売に繋げるのかまではハッキリ見えていませんでしたね。VTuberを店舗に導入する仕組みがあるのかすら知らなかったです」

契機が訪れたのは、2018年9月。VTuberを活用した施策を探し求めるなかで、河合氏は売場支援事業を行う株式会社アドパックより、「バーチャルプロショッパー・ソリューション」の提案を受ける。

同技術は、ディスプレイを見る利用客とVTuberがリアルタイムで会話をするなど、店舗で双方向のコミュニケーションを可能にするものだった。

「これだ!」と思った河合氏は、すぐさまSNS運用の担当者とイベントプロデューサーの二人を引き入れ、プロジェクトが実現に向けて動き始めた。

デザインに求めたのは、“ごく普通の女性店員”

まずは、デザインを決めるところから。VTuberの人気を左右するトピックなだけに、チーム内では多くの意見が飛び交った。

「世間で流行っている『アイドルタイプ』から『ゆるキャラタイプ』まで、幅広いデザイン案がでました。宇宙感や近未来感のあるものも考えていましたし、派手な装飾をつけようという意見もありましたね」

ところが、最終的に採用された案は、“ごく普通”の女性店員のデザイン案だった。一体、なぜなのか。

「平和堂は『お客様と従業員との対話』を大切にしています。最近はネットショップで買い物をする方も多いですが、人と直接話す楽しさも店舗で買い物をする魅力の一つです。それを考えると、アイドルのような華美な感じではなく、普段の平和堂にいる素朴な従業員をイメージしたほうが、より多くのお客様に親しんでもらえるのではと思いました」

実際、鳩乃幸が着用する制服は、本社のすぐ隣にある「ビバシティ平和堂店」の食品レジに立つ従業員が着ているものを再現している。

「平和堂らしさ」と「一般的」の絶妙なバランス感

だが、“素朴さ”を追求するあまり、世間で認知されているVTuberのイメージとの乖離を生み、利用者から地味だと思われてしまうのは避けたかった。両者の折り合いをつけることが、VTuberを店舗に導入するまでのプロセスで最も大変だったと河合氏は振り返る。

「『一般的に活躍されているVTuber』のイメージと、『平和堂のVTuber』のイメージ。両者のバランスをいかに配合していくのかを考えることに苦戦しましたね。どうすれば平和堂らしさを作り出していけるか。それは今でも模索しています」

“素朴さ”のなかにも、一般的なVTuberのような近未来感を見せる工夫を欠かさない。両者のバランスを追求することこそが、鳩乃幸のアイデンティティを形作るという。

また、VTuberは人間の動きをカメラやセンサにより読み込み(モーションキャプチャ)、その動きをCGキャラクターに反映させることで喋ったり動いたりする。

大きな体の動きだけでなく、瞬きなどの小さな動きも読み込むため、表情のデザインも細部までこだわる必要があった。鳩乃幸も笑顔が不自然にならないよう、目を閉じたときの表情などは細かく手を加えたと河合氏は説明する。

だが、どれだけデザインに力を入れようとも、社内で受け入れてもらわなければ意味がない。次なる試練に「社内提案」が待ち受けていた。

“変化”を厭わない姿勢が、プロジェクトを後押しした

プロジェクトチームでアイデアを固め、迎えた当日。「どうせ提案をするならば、驚いてもらわないと……」そんな思いから、河合氏は会議に開発中の鳩乃幸を登場させ、役員の前で接客のデモンストレーションを行った。

前例がないだけに「反発の声があがることも覚悟していた」と振り返る河合氏。ところが、本人の不安をよそに、社内からはポジティブな反応が寄せられた。

「『対話ができるのは面白いね』と、意外にもすんなり受け入れてもらえました。お客様の喜びに繋がるならば、先進的なことにも積極的に挑戦していきたい。そんな思いが、経営陣を筆頭に、会社全体の風土として築かれていたことが、本プロジェクトの背中を大きく押したと思います」

2018年12月1日——「鳩乃幸」デビュー当日。店頭設置の大型モニターに登場した彼女は、ライブ配信による対面販売を行うなど、買い物客とコミュニケーションを実現させた。

構想から3ヵ月というスピード感で、VTuber従業員は日の目を見たことになる。河合氏らチームの熱量もさながら、顧客を楽しませるためならリスクを伴う“変化”も厭わない会社の姿勢があったからだろう。

だが、ここまでは序章に過ぎない。リアルタイムで対話ができるVTuberを前に、利用客はどんな反応を示したのか。また、VTuber従業員という立場で、鳩乃幸は本当に活躍していけるのか。

後編では、その詳細を明らかにする。

フリーライター。1994年生まれ。学生時代に国際交流事業に携わるなかで、スロバキアに興味を持ち、長期留学を決意。その体験記を旅行メディア「REISEN」で執筆し始めたことをきっかけにWEBメディアの魅力を実感。帰国後は名古屋・東京の複数メディアで本格的に執筆を始め、フリーペーパーの営業・編集を経たのち、フリーランスの道へ。執筆領域はグルメ、ビジネス、スポーツ、ライフスタイルなど。

なかがわ あすか

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