売上5倍、給与は6万円アップで残業ゼロ。連続10日の有給消化を達成する「ゑびや」を変えた、データ解析とAI陳列棚【後編】

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売上5倍、給与は6万円アップで残業ゼロ。連続10日の有給消化を達成する「ゑびや」を変えた、データ解析とAI陳列棚【後編】

Text : なかがわ あすか / Editor : 吹原紗矢佳

三重県・伊勢市で、和食堂や土産物店などを営む有限会社ゑびや。同社は創業100年以上の老舗企業だが、2012年までは“観光地のよくある食堂”であり、経営再建が必要だったという。しかし、たった6年で改革を遂げた。AI技術により取得したデータを活かす、まさに「時代の最先端を行く事業戦略」への転向が功を奏したのだ。

前編では、同社が店舗データに着目した理由や、実際のデータ収集法について、同社の代表取締役である小田島 春樹氏に話を伺った。続く後編では、得られたデータをもとにした施策とその効果、新たな取り組みを追っていく。

有限会社ゑびや 代表取締役 小田島 春樹氏

1985年生まれ。大学卒業後にソフトバンク株式会社へ入社し、人事や新規事業開発を担当。2012年に妻の家業である有限会社ゑびやへ入社、専務などを経て17年9月から現職。従来の食堂業とは異なるレストラン、一般消費者向けのお土産品の小売・商品開発、来客データを活用した研究事業などを新規開発。現在は、三重大学大学院地域イノベーション学研究科博士課程で論文を執筆中。

適切な人員配置を始め、時間ごとに推し出すメニューも変える

手切りした食券の通し番号をExcelに打ち込むことから始め、店舗経営に影響を与えそうなデータを可能な限り自力で集めていたゑびや。効率良くデータを収集するために独自で開発したBIツールからは、翌日の来客数だけでなく、顧客の属性、1時間ごとのメニュー注文数とその内訳まで予測できるようになった。

得られた予測データをもとに、小田島氏らはどのような策を講じたのか。

「まずは、適切な人員配置です。ツールから得られたデータを見れば、時間帯ごとに入店者数を把握することができます。これにより、例えば『明日は14時の入店者数が少ないから、そのうちに事務作業をしておこう』『11時が食堂の入店者数のピークになるから、それまでは小売店の応援に行こう』といったことが事前に決められます」

これにより、従業員は効率良く働けるため過労働も防げる。

「時間」や「メニュー」ごとに割り出される来店客の属性データからは、各属性のニーズに応じて売り出す商品を見極めるための指標としても役に立つ。

「地域別に見たとき、11時台にゑびやに来るお客さんの多くは愛知から、13時台に多いのは大阪からです。それに応じて、11時からは愛知県民に人気のメニューを押し出した看板を出したり、13時からは大阪府民にウケが良いメニューを接客時に勧めたりすることができますよね」

年齢別に見ても同じことが言える。ゑびやの場合、開店直後に来店する客の年齢層は50代、夜営業では20代が最多であるとデータから分かっている。各年代に評判の良いメニューのデータと掛け合わせて考えれば、売り出すべき料理を適切な時間に推し出せる。

ゑびやが独自に開発した来客予測ツールでは、来客の属性や属性ごとの客単価も分かる

さらに、店舗の回転率をあげるための施策も、データに基づき打ち出せると小田島氏は述べた。

「顧客の属性ごとに平均滞在時間と客単価のデータを見ると、家族で来店する場合の滞在時間は45分以内が65%、客単価が2,437円。夫婦は滞在時間が同じでも客単価は家族より高い。一方で、小さなお子さまを連れていると、1時間以上の滞在が50%を超え、客単価も下がる。つまり、回転率を高めて売り上げをアップしたいのであれば、滞在時間が短く、客単価も高い『夫婦』を顧客ターゲットに据えた施策を打つのが勝ち筋なんです」

注目すべきは、その結果だろう。ゑびやは2012〜2018年にかけて、年間の売り上げは約5倍にまで成長。その間に、2012年に入社した社員の給与は6万円ほどアップした。データに基づく適切な人員配置により、残業はゼロ。「連続有給休暇(10日間)」なる制度も2016年に導入し、現在まで全従業員が消化しているという。

AIカメラを設置し、“購買前属性”と“購買後属性”を比較する

食堂の業績が軌道に乗り始めると、限られた敷地面積をさらに有効活用するため、ゑびやでは飲食スペースの一部を削って土産物の小売店の経営を始めた。小売店でもデータによる効果測定を行うため、2017年頃からクラウドベースの顔認証AIサービスと連携させた画像解析のカメラを導入している。

店外の定点カメラは、右側で通行客の画像解析、左側で通行量を計測している

カメラは店内外に1台ずつ設置してある。店外カメラでは店舗前を行き交う人数や性別を計測し、店内カメラでは入店者数、性別、年齢、表情などのデータを自動で収集するという。これらのデータから、どのような施策を行っているのだろうか。

「画像解析とPOSレジから抽出したデータを照合すると、“購買前属性”と“購買後属性”を把握できます。基本的には、その差分を埋めるようにしていますね。例えば、男性の入店率が多いのに商品を買っている男性が少ない。ならば、男性向けの商品の開発に力を入れたり、男性が目を引きそうな商品をもっと目につくところに置いたりする。土産物店では30〜40代の入店率と購入率が高いので、その世代に向けた商品を開発し、展示会を催したこともありました」

店内ディスプレイにおいても、AIカメラから得た情報をもとにいくつかの取り組みを始めているという。

「以前は、商品の陳列における表情分析を行っていました。同じ棚に商品Aと商品Bを陳列し、各場面におけるお客さんの“笑顔度”を測定した上で、購買との相関性があるのかどうか。結局、相関性はありませんでしたね。現在は『売れる商品』と『売れにくい商品』を組み合わせてみたらどうなるか、『売れる商品』と『売れる棚』を組み合わせたときに、棚ごとの購買率は上がるのかを調べています」

一つの棚で商品の陳列を変えるなどの軽作業は、1ヶ月に1回。棚ごとの配置を変えるといった大きな作業は3ヶ月に1回のペースで、それぞれ施策サイクルを回しているという。

「この棚には、この商品を置いたほうが売れるだろう」といった感覚を、データとして数値化することで確信に変える。経営者にとっては、かなり心強いことだろう。

小売業界で働く人たちのUXが改善される仕組みを作っていきたい

小田島氏は自身の経験から、業績不振に悩む国内の中小飲食店に、ゑびやの例をもっと広めていきたいと主張した。

「伊勢の老舗食堂でも6年でここまで変われるんです。だから、ほかの企業だって絶対に変われます。まずは他社の事例を知ることで『自分たちだって、きっとできるはずだ』と自信を持つこと。あとは、その実現のために努力を惜しまない人間がいるかどうかです」

小田島氏は今後、自社で開発したBIツールの展開を軸に、経営者はもちろん、従業員も楽しく働ける仕組みを作っていきたいと語り、インタビューを締めくくった。

「とにかく無駄なことをサービス業界からなくしたいです。現場のスタッフは、必ずしもパソコンが得意なわけじゃない。それなら、その人が最も得意なことに集中できるような環境を経営者が用意すれば、みんなハッピーじゃないですか。来客予測のBIツールや自動発注など、いろんなものを組み合わせて、小売業界で働く人たちのUXがよくなるような仕組みをどんどん作っていきたいです」

常にいろんなことを改善しながら「時間」と「余裕」を捻出し、新しい事業へと投資する——。

ゑびやがここまで成長できた理由を、小田島氏はそう振り返る。「データ」や「AI」は、あくまでもそれを実現するための手段であり、目的ではない。伊勢の老舗食堂のストーリーは今後どのような展開を見せるのか。そのページをめくる手は、止まりそうにない。

フリーライター。1994年生まれ。学生時代に国際交流事業に携わるなかで、スロバキアに興味を持ち、長期留学を決意。その体験記を旅行メディア「REISEN」で執筆し始めたことをきっかけにWEBメディアの魅力を実感。帰国後は名古屋・東京の複数メディアで本格的に執筆を始め、フリーペーパーの営業・編集を経たのち、フリーランスの道へ。執筆領域はグルメ、ビジネス、スポーツ、ライフスタイルなど。

なかがわ あすか

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