駅ナカ自販機を展開するJR東日本ウォータービジネスの「Suica経済圏」は何を革命したのか?

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駅ナカ自販機を展開するJR東日本ウォータービジネスの「Suica経済圏」は何を革命したのか?

Text : 筒井 智子 / Editor : 吹原紗矢佳

湯気の立つコーヒー、川のせせらぎが聞こえてきそうなミネラルウォーター――JRの駅構内に置かれている自販機で、そんな映像を目にしたことはないだろうか。

JR東日本グループの飲料事業会社として2006年に設立されたJR 東日本ウォータービジネス(以下、JRWB)は、2010年よりタッチパネルディスプレイで商品を購入できるデジタルサイネージ型の次世代自動販売機を導入している。

同自販機は、顔認識技術を応用して顧客属性(年代・性別)を推定し、属性に最適な商品をレコメンドできる他、季節や時間帯、環境に応じた商品訴求を行う。また、属性情報を含むPOSデータを取得し、商品開発などのマーケティングに活用している。

本記事では、その自販機における狙いと、データ活用の事例を紹介する。

自販機の電子マネー決済によるメリット

自動販売機単体における利益率は他の販売チャネルよりも高いことから、設置場所の取り争いが激化。それに伴って設置する土地代の高騰でコストが増大しているため、積極的な増設が難しい。さらに、自動販売機で取り扱う清涼飲料の市場は、スーパーやコンビニなどの競合出現による売り上げの低下などから低価格化が進み、収益性は悪化の一途をたどっていた。

この負のスパイラルから脱却するための施策のひとつが、今や社会インフラとなっている電子マネー決済への対応だ。JR駅構内での1回あたりの購入平均単価は現金決済の125円に比べ、Suica決済は127円と2円程度高いという効果も表れている(野村総合研究所調べ)。

JRWBの駅構内の自販機設置台数は2006年度が9,440台、2014年度が10,053台とほぼ横ばい(約6%増)なのに対し、売上高は187億円から275億円と大幅な増加を遂げた。Suica決済利用率は、発表されている2012年3月時点のデータでも、48.1%と消費者のほぼ半数が利用しており、Suica決済に対応する自販機へのリプレイスが進められている。

Suica決済導入による効果は、売り上げの増加だけにとどまらない。従来の自販機では一定期間の販売データしか取得できなかったが、2009年12月よりJRWBが導入した次世代自販機「VT-10」によって、単品ごとの時間帯別売上や購入場所などのPOSデータを取得できるようになった。

さらに磁気カードやスマートフォンを含むSuica会員番号によって、購入商品の履歴などからリピート分析をしたり、「Suicaポイントクラブ」の会員データと紐づけて、性別・年代・郵便番号の属性情報(これらは非個人情報として扱われている)を取得したりすることが可能になった。総データ量は、年間約2億レコード(約100GB/年)に上るという。

首都圏ではSuicaの保有率・増加率が高く(発行枚数は2011年7月時点でも約3,664万枚)、他の電子マネーに比べて保有者あたりの利用率も高い点はJRWBの大きな強みだ。蓄積されたビッグデータの活用によって、マーケティング、販売、サポートなど、さまざまな業務プロセスにおける戦略・施策立案の高度化にもつながっている。

JR東日本が2018年7月に発表した中期経営ビジョンで語られた「Suica経済圏」の確立にも、このビッグデータの活用が期待されていると考えて良いだろう。

JR東日本ウォータービジネスのビッグデータ活用事例

従来のようにアンケートを活用した商品開発でも、消費者のニーズに対応することで、売上増加につなげた事例はある。2014年に消費者アンケートを元に、「高級感/本物感」をテーマに青森産りんごジュースのパッケージを変更し、2016年からは夏と冬でりんごの品種を変えたところ、いずれも売上の増加につながったという。

ただ、アンケートだけでは限界がある。JRWBの好例として、収集したビッグデータをマーケティングに活用した「落ちないキャップ」がある。同社の主力商品であるミネラルウォーター「FromAQUA」は、競合商品の相次ぐ登場により苦戦しており、刷新を迫られていた。

それまで「FromAQUA」は、出社前に最寄り駅での購入者が多いと想定されていた。実際、POSデータを分析すると、朝に販売のピークがあることが分かった。

しかし、主要顧客と思われる郊外に住むビジネスパーソンの購買行動を、居住エリア/購買エリア/時間帯別売上でクロス分析したところ、「朝に郊外の駅で乗車前に購入し、移動中に飲んでいる」という仮説が生まれた。

ネット調査でその仮説を裏付ける結果が出たため、JRWBは「乗車前に購入し、移動中に飲むビジネスパーソン」を顧客ターゲットにしてリニューアルを実施。

さらに、移動中にミネラルウォーターを飲む際の悩みについても消費者調査を行ったところ、「ペットボトルのキャップを落としてしまう」という声が多く見受けられた。そこで、開栓してもキャップが完全に外れない「落ちないキャップ」にリニューアルしたのだ。

また、商品のみならず、女性をターゲットと想定した「naturacure(ナチュラキュア)」という次世代型自販機も登場した。そもそも女性は自販機をあまり利用しない傾向があり、ビッグデータを分析結果も利用者の約7割が男性だった。そこで「naturacure」では、機体のデザインを女性向けに意識したラッピングし、商品ラインナップも女性の好むようなものに変更、常温の商品を追加するなど「女性目線」を取り入れた。すると他の自販機に比べ、女性の利用率が1割ほど増えたという。

JRWBは2017年3月、スマートフォンアプリと連動しアプリ内での事前購入が可能な「イノベーション自販機」の展開をスタート。首都圏を中心に50台以上を設置(2018年8月24日現在)。今後も順次設置数を増やしていく計画だ。

自販機からスマートストアへ

一般社団法人の日本自動販売機工業会によると、清涼飲料の市場規模は拡大しているにもかかわらず、飲料自販機の設置台数は微減傾向にある。食い止めるためには、新しい使い方の提案が急務だ。

前述の「イノベーション自販機」では、アプリ内での事前決済や定期購入、まとめ買いだけでなく、ドリンクのプレゼントも可能だ。LINE、Facebook、TwitterなどでURLを送るだけでプレゼントでき、もらった人は自販機で受け取るという新しいUXを実現している。

自販機は「ベンディングマシーン」と呼ばれるが、飲料メーカーにとっては消費者と直接的な接点が持てる貴重な販売チャネル。そのチャネルをさらに進化させるためには、最新技術を活用し、より身近さを感じさせる「スマートストア」への進化が必要だと考えられる。

位置情報に基づくクーポンの配信や、高齢化・健康ブームなど需要に基づく商品開発、自販機(ハード)がつぶやき、ソーシャルメディアを活用した販促活動、災害時に震災マップを提示する社会インフラ化など、従来の自販機の価値とは大きく異なるさまざまな展開が期待されている。

最近では、Suica決済専用の自販機も登場。現金での購入ができない代わりに、全ての商品を通常の自販機の5円引きで販売している。Suica専用にすることで、売上金の回収など、オペレーションのコストを削減できるため、実現可能となった。

通常の自販機と並べて設置することで、安さのアピールにつながり、Suica決済の利用率アップに寄与できる。JR東日本は鉄道での移動や自販機での決済以外にもSuica決済を展開していく戦略だ。Suica決済を核にした仕組みを整え、「Suica経済圏」の確立に向けての動きは、ますます加速していくだろう。