電子国家「エストニア」が予感させる可能性──“キャッシュレス先進国”に学ぶ、小売店の決済事情(3)

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電子国家「エストニア」が予感させる可能性──“キャッシュレス先進国”に学ぶ、小売店の決済事情(3)

Text : イシダ ユウコ / Editor : 佐々木将史

次々と登場する「QRコード決済」サービスや、2019年10月の消費増税に伴う「キャッシュレス・消費者還元事業」など、注目を集める“キャッシュレス化”。現時点では海外に遅れをとっていると言わざるを得ない日本だが、経済産業省が2018年に策定した『キャッシュレス・ビジョン』では、2025年までにキャッシュレスの決済比率を40%程度とし、将来的に世界最高水準の80%を目指すとされている。

「キャッシュレス支払額と民間最終消費支出に占める比率」(日本銀行 決済機構局『キャッシュレス決済の現状』より)

DooRではこれまでに、「10年以内に現金が不要になる」と言われるイギリス「町中で現金を見ることがない」スウェーデンといった、海外でもキャッシュレス化が進む国の状況を、実際に現地に訪れてレポートしてきた。

引き続き今回は、『電子国家』としても名高いバルト三国の北端、人口約130万人のエストニアの状況をお届けしていく。

“政府主導”で進むデジタル社会・エストニアでの生活

2018年12月の富士通総研のレポートによれば、エストニアは1991年にソビエト連邦から独立した後、政府主導でデジタル化を進め、現在では「公的機関の手続きのうち約99%」がインターネット上で完結するという。また、官民共同のデータ基盤「X-Road」など、民間事業者も電子データが利用できる環境が整備されている。

生活は「e-identity」(デジタルでの個人認証)を中心に構築され、国民の98%がIDカードを保有する。首都のタリンには、エストニア政府の取り組みを見られるスペース「e-Estonia Showroom」もある。

実際に暮らすと、デジタル化の進んだ生活は、どうなのだろう。同国に住んでいる友人に、政府の取り組みについて話を聞いた。

エストニアでは、結婚、離婚、不動産以外の情報はすべてオンラインで登録や変更の申請が可能だ。また、税金は所得や払った医療費などから自動的に計算されるので、確定申告という制度が存在しない。

公共交通については、事業者に自分の情報へのアクセスを許すことで、エストニア国民ならば無料で利用できるという。個人のデータベースには、「誰が」「いつ」アクセスしたかも自分で確認することができる。そのため、自分の情報が開示されていても、怖くはないそうだ。

あまりに透明すぎる情報社会であり、漏洩のリスクなどは考えないのかとも尋ねたが、「エストニア政府は、セキュリティの面でもしっかりしている。ほとんどのことがオンラインででき、役所などに行く必要もない。手間を考えたら、e-identityはとても良いサービスだと思う」とのことだった。

日本では、このような考え方をしている人はまだ少ないだろう。マイナンバー制度もあるが、エストニアのeシステム並みに普及し、定着するには、まだ何十年も時間がかかってしまうように感じられた。

キャッシュレス化の進むエストニア・首都タリンを現地調査

政府の指針もあり、同国では小売の現場でもキャッシュレス化が進む。今回、筆者はタリンを訪れ、小売店舗のキャッシュレス対応状況、決済サービスの使い勝手などを調査した。

<調査条件>日時:2019年2月22日〜24日
場所:タリン
対象:コンビニ、スーパー、ショッピングモール、デパート(露天商は、当日の天候不順の影響か見つけられなかった。また、駅にあるようなキオスクも探したが、交通機関に鉄道がなく、バス、トロリーバス、トラムの3種類の停車場所では見当たらなかった)
方法:各調査対象に足を運び、店舗がどのような決済方法を採用しているかを確認。15分滞在するなかで、利用客がどのような方法で決済を行うかを見る。また、導入されているテクノロジーなどで、日本と異なる点を探る。

コンビニ

・R kiosk


タリン市内で最も多く見かけるコンビニ。公共交通機関に乗るためのカードなども購入できる。タリン空港の店舗には、キャッシュレス決済対応のセルフレジが設置されていた。

・Kolmjalg


観光地でもある旧市街に店を構える、24時間営業のコンビニ。筆者がヨーロッパで24時間営業コンビニを見たのは、ここが初めてだった。

店内は最低限の商品しかなく、価格もR kioskより高め。カード決済が可能だが、セルフレジはなかった。

スーパーマーケット

・Rimi


エストニアで広く展開されているスーパー。「Express」という小規模店舗から、ショッピングモール内の大きなものまで、規模はさまざまだ。品揃えやセルフレジの有無なども、店舗によって異なる。

決済はカード対応。大規模店舗にはセルフレジも多数あり、利用客も多かった。また、メンバーズカードを使って、個人ごとの割引券などを探せる機械が置いてあった。

・Kaubamaja Toidumaailm


メンバーズカードがあれば、「Partner Ekspress」という“Scan & Go”の端末が利用できる。他の国のスーパーより普及率も高く、訪れている人の4割程度が使っており、店内ではスキャン時の「ピロローン」という音が常に鳴り響いていた。

レジはセルフのものと有人のものがあり、前者はスキャン端末を使った人か、メンバーズカードを持っている人のみ利用できる。メンバーズカードにはクレジット機能が付いており、決済もこのカードで行える。


筆者はメンバーでないので端末を使えなかったが、利用方法は以下のようだった。

1. メンバーズカードをスキャンし、専用端末を取り出す
2. 買う商品のバーコードを自分でスキャンしていく
3. 会計時は、セルフレジ前にある棚に専用端末を返却
4. セルフレジでメンバーズカードをスキャン
5. そのまま決済、または他のクレジットカードを使って決済する

ただし、野菜やパンなど量り売りのものは、自分で重さを計量し、出てくるバーコードシールを商品に貼らなければならない。店員が対応する肉類などのコーナーには、日本の整理券のような、順番待ちの札を取る機械も見られた。

 ショッピングモール

・Nautica Keskus


電子案内板が至る所にあるショッピングモール。休憩所には、子ども用のゲーム機器も置かれてあった。

ここで目についたのは、「SmartPost」という宅配ロッカーのようなものだ。一般的な宅配ロッカーと違い、受け取るだけでなく、荷物を送ることもできる。このショッピングモールだけでなく、街中で人が集まるところに設置されていた。決済はクレジットカードで可能。


ヨーロッパでは、日本の宅配便と違い配達が乱雑で、留守でも玄関前に放置されることがある。そのため、重要な荷物が届く日などは、家で1日待っていなければならない。実際に筆者の友人の多くも、自分宛の宅配物の受領には苦労していたため、こうした場所で安全かつ確実に受け取れるのはとても効率が良いと感じた。

・Solaris

タリン新市街にあるショッピングモール。内部には、電子案内板などは見られなかった。


とあるテイクアウトの飲食店では、オーダーを液晶ディスプレイで選び、キャッシュレス決済しか受け付けていない店舗もあった。しかし、店員に直接オーダーが可能であるため、ほとんどの来店者は機械を利用していなかった。

隣接している映画館にはキャッシュレス決済のチケット販売機があり、こちらは利用客が多かった。

 デパート

・Tallinna Kaubamaja Viru Kescus


エストニアの老舗デパートだが、内部には電子案内板があり、カテゴリーやフロア別に探すことができた。

気になったのは、デパート内のトイレ(有料)が現金のみの対応である点。前回記事で触れたように、ストックホルムのトイレがカード決済可能であったことを考えると、スウェーデンほどキャッシュレス化が進んでいない点もあるのではと感じた。

デジタルに抵抗ない、“若い国”としての可能性

今回、訪れたタリンでは、インフラとしてのデジタルは整っていたが、小売店など目に見える生活の場所では、まだ高度に先進的な取り組みをしているわけではなかった。しかし、クレジットカードを使用する年齢層は幅広く、使用率も高いことから、キャッシュレスに対する抵抗を国民は持っていないとも感じられた。

あるエストニア人は、「もし戦争で領土がなくなっても、eシステムがあることで、エストニアの国民は一つでいられる」とも語っていた。テクノロジーで有名な同国だが、独立からたった20年ほどしか経っていないのだ。デジタルへの積極的な施策は、エストニアの歴史的な体験、そしてまだ“若い国”であるからこそ、できていることかもしれない。

同国では、『電子政府』としての取り組みはもちろん、プログラミング教育や、高齢者向けのデジタル講座などにも力が入っている。エストニアにおける電子化は、あらゆる側面で、今後もさらに進んでいくだろう。